トーリック曲面のブローアップの変異と\(q\)-Painlevé 系
同じ初期値空間にも、異なるトーリック曲面からの構成がある。その構成を記録する「種子」を、変異で結びつける。
同型な \(q\)-Painlevé 系を与える種子は、変異同値である。
離散 Painlevé 系は、有理曲面の族への作用として構成される。その分類には楕円型・乗法型・加法型があり、ここでは乗法型、すなわち \(q\)-Painlevé 系を扱う。
種子から初期値空間へ
\(q\)-Painlevé 系の初期値空間は、トーリック曲面の境界上の非特異点でのブローアップの族として構成できる。種子は、その境界の方向とブローアップの回数を記録する。
反対称双線形形式を備えた自由アーベル群 \(N\) における種子は、\(N\) 内の多重集合である。以下では \(N=\mathbb Z^2\) とし、形式には外積を用いる。
種子の各ベクトルは primitive とし、種子全体が \(\mathbb Q^2\) を生成すると仮定する。primitive とは、ベクトルの成分の最大公約数が \(1\) であることをいう。
種子の例
ここで上付きの数は多重集合での重複度を表す。例えば \((1,0)^3\) は \((1,0)\) が3回現れることを意味する。
曲面を構成する3つの選択
- 完備で滑らかなトーリック扇 \(\Sigma\) を選ぶ。
種子の各ベクトルを ray の生成元として含める。ray はトーリック曲面 \(\operatorname{TV}(\Sigma)\) の境界の既約成分に対応する。 - 境界上の点 \(p_v\) を選ぶ。
各 \(v\in s\) に対応する境界成分上に、ブローアップする点を置く。 - 種子に順序を選び、ブローアップを合成する。\[\pi:Y\longrightarrow\operatorname{TV}(\Sigma).\]境界の強変換を \(D\) とする。
実際の構成では点を個別に固定する代わりに、このようにして得られる log Calabi–Yau 曲面の族を扱う。
格子を折り曲げ、ひとつのベクトルを反転する
種子の元 \(v\in s\) をひとつ選ぶ。外積が正となる側のベクトルに区分線形変換を施し、選んだ \(v\) の1個だけを \(-v\) に置き換える。
\(\setminus\{v\}\) は多重集合から1個の \(v\) を取り除く操作。重複している \(v\) のすべてを反転するわけではない。
変異を操作する
方向を選ぶと、上の種子をその方向の元で1回変異した結果を表示する。
変異は曲面の同型 \(Y\to Y'\) を誘導する。幾何学的には、ブローアップとファイバーの収縮を組み合わせる基本変換に対応する(cf. Hartshorne, 例5.7.1)。
変異と \(\mathrm{GL}(2,\mathbb Z)\) 変換の形式的な合成をクラスター変換という。クラスター変換で結ばれるふたつの種子を変異同値という。
境界の交差行列が系を特徴付ける
Sakai の理論では、\(q\)-Painlevé 系の初期値空間は一般 Halphen 曲面の族である。
種子から定まる曲面 \(Y\) が一般 Halphen 曲面であるための必要十分条件は、境界 \(D\) の交差行列がアフィン型であることである。
扇と重複度から自己交差数を求める
滑らかな扇で \(v\) の両隣の ray の原始生成元を \(u,w\) とする。\(u+w+mv=0\) からトーリック境界成分の自己交差数 \(m\) を求め、ブローアップの回数 \(n\) を引く。ここで \(n\) は種子における \(v\) の重複度である。
例1 · 各境界成分を2回ブローアップ
\(\mathbb P^1\times\mathbb P^1\) の4方向 \((1,0),(0,1),(-1,0),(0,-1)\) では \(m=0\)。各方向の重複度を2とすると、境界の交差行列は次になる。
この例は \(D_5^{(1)}\) 型 \(q\)-Painlevé 系に対応する。境界の交差行列の型と、系の対称性の型は区別する。
例2 · 異なる扇での計算
ray を \((1,0),(0,1),(-1,3),(0,-1)\)、重複度を順に \(1,0,1,9\) とする。
無限にある構成を、10個の同値類へ
同型な \(q\)-Painlevé 系を与える種子は変異同値である。
証明は、Kasprzyk–Nill–Prince による Fano polygon のあるクラスの分類へ帰着する。以下はその概略である。
- \(q\)-Painlevé 系を与える種子に対して \(\mathrm{size}\) を定義する。
- \(\mathrm{size}\) に関して極小な種子が有限個、35個であることを示す。
- その35個の間の変異同値を調べ、10個の同値類を得る。
代表種子
\(E_5^{(1)}\) は \(D_5^{(1)}\) とも表記される。
すべての座標を貼り合わせる
種子 \(s\) に対し、\(s\) を始点とするクラスター変換に対応した代数的トーラスを貼り合わせ、クラスターポアソン多様体 \(\mathcal X(s)\) を構成する。
クラスター変換 \(\mu:s\to s'\) は同型射 \(\mathcal X(\mu):\mathcal X(s)\to\mathcal X(s')\) を定める。
変異から定まる同型射は、余次元2の差を除いて初等変換と一致する。
この対応により、クラスターポアソン多様体と、トーリック曲面のブローアップから構成する初期値空間の内部が結びつく。
クラスター変換で対称性を表す
\(\mu:s\to s\) からは \(\mathcal X(s)\) の自己同型が得られる。このように得られる自己同型群をクラスターモジュラー群という。
\(q\)-Painlevé 系の対称性である Cremona 等長群は、クラスターモジュラー群の部分群として実現される。
この実現は、\(\mathbb N\) 上での定義を通じたトロピカル化と、量子化につながる。
\(E_8^{(1)}\) 型の作用を座標で書く
最後に、11個の元を持つ種子から得られる例を見る。この種子は、方向 \((0,1),(-1,0),(1,-1)\) の重複度がそれぞれ \(3,2,6\) である。
\(W=\langle r_0,\ldots,r_8\rangle\) を \(E_8^{(1)}\) 型のアフィン Weyl 群、\(C=(C_{ij})\) をそのカルタン行列とする。
作用 \(\iota:W^{\mathrm{op}}\to\operatorname{Aut}(\mathcal X(s))\) は、次の表示を持つ。
\(\mathcal X(s)\) は9次元の代数的トーラスを底空間とする2次元スキームの族で、\(a_0,\ldots,a_8\) は底空間の座標である。上の表示は、変異に対応する有理変換を合成することで求まる。